2013年08月04日

【26日目】「魔法で作ったんじゃ何にもならないからねぇ。」

26日目。あと44日。

今日は、千と千尋をフランス語吹き替え(日本語字幕)で見ました。
フランス語の勉強にもなるかなぁ、と思っていましたが、途中からはストーリーにのめりこんでしまってフランス語の事はすっかり忘れて映画を楽しんでしまいました。

zeniba.jpeg

世にたくさんのジブリ評論があるなかで、映画のこともろくに知らない僕がコメントをするのはいささかためらわれますが、少しだけ思ったことを綴ろうと思います。あくまで個人的な感想。


映画全体を通して、近代化や経済至上主義に対する批判のようなものがちりばめられているように思いました。ファンタジーと現実をごちゃ混ぜにしながら、強いメッセージを放っているような印象。

オクサレ神に刺さった「トゲ」を千達が引っ張って、ゴミが大量にあふれ出るシーン(経済活動の結果の環境汚染?)
金に群がる従業員(金(かね)に誘惑される一般大衆?)
金をエサに従業員を飲み込むカオナシ(世界を飲み込む大企業?)


一方、ゼニーバの言葉はそれらの「経済至上主義」とは反対で、金ではなくプロセスこそを大切にする。
ゼニーバが、カオナシやネズミになった坊たちと一緒に編み物をするときにいった

「魔法で作ったんじゃ何にもならないからねぇ。」

という言葉。一番刺さりました。
魔法(現実世界では機械のことかな?)でも作れるのに、あえて手をかける。面倒だし、時間もかかるけど、あえて手をかけてものを作るところに価値を見出す姿勢。全然、経済的(効率的)とは言えないのに、そこに価値があるものとして編み物をする。

油屋から遠く離れたところにひっそりと暮らしているあたりも、ゼニーバの立ち位置を象徴しているようでした。
また、カオナシがゼニーバのところで居場所を見つけるあたりに、ある種の希望が込められているように思いました。金を価値基準にするのではなく、もっと「人間味」(と言っても彼らは人間ではないのだけど)のあるものに価値を置くべきだ、というメッセージのようにも感じました。


あと、後半に、カオナシの出した金がなくなるところなんかは、経済活動の儚さというか、経済に偏り過ぎることの無意味さを象徴しているのかなぁなんて考えました。

観終わった後も、経済と自分の生き方の関係について考えさせられました。
経済に飲まれたら無意味だし、そんな人生はあまりにも虚しすぎる。
やっぱり、僕は、経済というものに取り込まれ、飲まれるのではなく、お金以外のところに価値を見出して生きていきたい。

でも、お金だけを価値の基準には絶対したくないけど、生きるためにはお金が必要。

自分の経済活動と他の意味ある活動とのバランスをどうとるのか。今後、考えを深めていきたいトピックです。


参考
千と千尋の全セリフを網羅したブログ
@ジブリのセリフノート 

千と千尋はサウンドトラックも最高です。
一番のお気に入りはSixth Station



拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。
posted by 木村だっくす at 20:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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