2013年10月22日

ホモセクシュアル

突然ですが、同性結婚についてどう思いますか?賛成?反対?

私自身は、誰を好きになるかなんて個人の自由なので、社会がそれを禁止する理由はないと思っています。別にいいでしょ、と思うくらいが当たり前というか、こういう考えが社会の中でも受け入れられつつあると思っていました。

ベナンでは違った。現地語学講師ラオ・アニセ(LAO N. Anicet)は、「同姓婚なんてありえない!問題だ!」として、まったく受け入れられない様子でした。

まぁ、真っ向から対立いたしましたので、以下、アニセ(A)とだっくす(D)の間で交わされた議論を掲載します。

131011_Les mariages gay(aricet et moi)small.jpg

きっかけは、アニセのほうでした。

A:「社会が発展することは問題を引き起こす。Le developpement donne un problem.
たとえば同性愛者とかね。同性結婚とか考えられない。あれは「発展した」社会の問題だ。最近、同性結婚を認める国が出てきているけど、日本ではどうか。同性結婚できるのか?

D:日本ではまだ認められていないヨ。

A::それは最高だ。それは、マ ジ で 最高。ジャポン、セボン!同性愛なんておかしい。自然の摂理に反している。それは、発展した社会の問題だ。同性結婚というアイディア自体が大嫌いだ。おかしい。社会が発展するとわけのわからない問題が生まれる。

D:同性結婚は問題なの?

A:問題だよ!男と女が結びつかなければ、子孫は残せない。女性だけでは子供も産めない。同性愛を認めれば、子孫が残らなくなる。人間が生き残っていけなくなる。そもそも、昔から、人間は男女で一つ、子孫を残してきた。同性愛なんておかしい。すごくおかしい。男と女、それが自然の摂理。

D:でも、同性愛者は全体の一部しかいないのだから、問題ないのでは?同性愛者は、全体でも1%しかいない(注:何の根拠もない発言)。仮に同性結婚を認めたとしても、他の大多数の「普通」の人たちから子供が産まれるのだから、人間は生き残っていける。

A:でも、それは普通じゃない。おかしい。男が男を愛するなんて。社会が発展するとこういう変な問題がおこる。男が女を愛して、女が男を愛するのが「普通」だ。同性愛者は問題だ。

D:同性愛者の何が問題なの?だれを愛するかなんで個人の自由じゃない。

A:「自由(La Liberté)」。でた、「自由」。自由っていう言葉を使えば何でも許されるとでも?無制限な自由が認められていいのか。無制限な自由が認められるのであれば、今、俺がそこらへんにいる女の子を好き勝手に抱きしめても問題なくなる。街中でバイクを運転してて、かわいい子みつけたら、そっちいってその子を抱きしめてキスだってできるようになってしまう。これが許されるか?許されないでしょ。自由って言ったって、無制限には認められない。

D:でも、それと同性愛者は違うでしょ。

A:「自由」を認めれば、たとえば泥棒だって問題なくなる。泥棒だって、やりたいことをやっているだけだ。盗みたいから盗んでる。自由を認めればそれも許されることになる。でも泥棒は、悪いことをしてるってわかってるから隠れているわけでしょ。同性愛者が社会から隠れているのも悪いことをしていると理解してるから。

D:同性愛者と泥棒は全く関係ない。同性を愛しても、誰にも迷惑をかけない。つまり「問題」じゃない。

A:いや、問題。同姓婚は問題。何度も言うけど、子供が残せないから問題。自然の摂理に反している。社会が「発展」するとおかしな問題がたくさん起こる。同姓婚は典型例だ。昔、昔の社会では、強い男が勝ち残ってきた。強くないと生き残っていけなかった。そして、強い男が女を手に入れて、子供が生まれる。男と女とがセットで一つ。これが「普通」。社会が発展すると、この「普通」がおかしくなる。同性愛は発展した社会の問題だ。

D:ちょっと言わせてよ。社会が発展したところで、同性愛者という「問題」がうまれるという話しだけど、たとえばタイなんかは同性愛者がすごく多い。社会は(先進国ほど)発展はしていないのにも関わらず。
あと、男が女を愛して、女が男を愛するのが「普通」というのには、賛成する。でも、物事には常に例外がある。この例外があるということも「普通」。つまり、同性愛者などの「例外」があっても、自然の摂理に反しているわけではなく、それも「普通」ということになる。同性愛者は、全体でも1%しかいない。1%の例外があってもいいんだ。

A:例外があるのが「普通」だとしても、その例外を奨励する(encourage)必要はないのではないか。同性愛を奨励すれば、その数が増えて、人間の摂理を守れなくなる。これまで、同性愛者は社会から隠れていた。なぜ隠れていたか。それは、社会からみて「おかしい」から、社会がそれを受け入れないからである。実際、フランスで同性結婚が認められたが、反対する意見も多い。

D:異論は常にあるとは思う。でも、同姓婚を認めたからと言ってその数は増えないと思うな。アメリカでも、州によっては同性結婚が認められているが、同性愛者の数が増えてるわけではない。

A:それはわからない。同性愛者が社会で認められれば、子供がそれを見て影響される。同性愛でいいんだ、という認識が広がる。そうなると、次第に、同性愛者は増えていく。いまでこそ 1%かもしれないが、5%、30%になることだってあり得る。そうなると、人間は子孫を残せなくなる。

D:それはないよ!30%はあり得ない。そもそも、同性結婚を認めても認めなくても、一定量の同性愛者はいる。結婚が認められれば、その人たちが表に出てくるだけで全体の数は変わらない

A:そんなの20年後、50年後になってみないとわかんない。

D:いや、わかるよ。増えない。

A:わかった。じゃあ、20年後、50年後にもう一回議論しよう。そこでどっちが正しいか確かめよう。
…あれ、50年後、おれまだ生きてるかな?(アニセは現在31歳)

D:そしたら20年後にまた議論しよう。

A:そうしよう。
…同性愛なんて嫌いだ! ≪ Je DETESTE les mariage gay ! ≫


*議論終わり*

本当の議論は、もう少し堂々巡りが多かったのですが、繰り返しになるので省きました。

それにしても、考え方の全く違う人と話をするのは、新鮮で面白いですね。僕は、一貫して同性結婚賛成派ですが、社会にはいろんな考えの人がいるようです。アニセのように、根本的に受け入れられない人がいるのも事実。実際、他のベナン人に聞いても、ホモセクシュアルなんてありえない、という反応でした。

以前、コミュニケーションの講義で、「意見の対立は相互理解のチャンス」と聞いたことがあります。今後、意見の対立も含めて多くの議論をして、ベナン人が何を考えているのかを理解していきたいです。


お読みいただきありがとうございました。
posted by 木村だっくす at 21:48| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月21日

路上サッカー

近況を伝え忘れていました。僕は今コトヌーにいて、一カ月の現地語学訓練(フランス語とフォン語)を受けています。フォン語は6時間だけで、先週終わり、残すはフランス語だけになりました。明日は日本に関するプレゼン、最終日に活動の関するプレゼンを行います。

さて、以下が今回の話題 「路上サッカー」



先週の日曜日、ベナン人に誘われサッカーをしてきた。路上のサッカーである。昔、マラドーナやペレなど南米の選手たちはみんな路上サッカー上がりだと聞いた。ここ、西アフリカはベナンでも路上サッカーが行われている。

日曜の朝6時45分に電話をかけてきて「いまどこだ?サッカーしよう!」
日曜。久々の休みだからゆっくりしたかった、と思いつつもアフリカでの初サッカーにわずかばかりの気持ちの高まりを覚えた僕は、日本からちゃっかり用意していたユベントスのユニフォームに身を包み、サッカー会場の路上に向かった。背番号は、中学生の時ファンだったネドベドの11番。


さて、こうして眠気と興奮とが入り混じる気持ちで会場入りした僕は、サッカーを楽しめたのでしょうか。

131020_le foot dans la rue (1)small.jpg

さぞ楽しかったろうと思いきや、答えはノー。

サッカーは楽しいはずである。にもかかわらず、終わった後、僕が持った感想は、「打ちのめされた」。理由は二つ。

一つ目は、ベナン人たちの強さを実感したため。初めてアフリカ人の強さ、自分ではかなわない圧倒的な強さを突き付けられた感じ。

石とかガラス片とか落ちていたり、コンクリートむき出しのところで、はだしでサッカーをする彼ら。ボールも空気が抜けたら針だけ刺して口で空気を入れる。朝7時から9時まで水も飲まずにぶっ続けでサッカーをする。交代などない。けがをしても12秒くらいで治る。というか平気になる。

一方の僕は、日ごろの運動不足がたたり、サッカー開始して間もなく息も上がって頭がふらふらしてきた。貧血っぽい症状。ベナン人のなかに混ざってプレーしたり、一緒に楽しみたいんだったら、一緒に元気にプレーできる状態ではいないとダメだとおもった。日本にいるときから体力づくりにはもっと励んでおくべきだった。アフリカでここの人たちと仲良くなろうと思ったら、体力をつけておかないとだめだ。

打ちのめされた二つ目の理由。こっちはより深刻。それは、自分にコミュニケーション能力がないのでは、と思ったためである。サッカーをすればみんなとすぐに仲良くなれると思っていた。

これが、そうでもなかった。お酒と並ぶ世界共通語のサッカーといえど、コミュニケーションのツールでしかない。プレーをしながら、自分でコミュニケーションをとっていく作業が欠かせない。ちょっとの休憩時間に話すとか(路上でやっているので、バイクとかが通る時は一旦プレーが中断する)、プレーしながら話すとか、話す時間はいくらかあったはずなのに、(覚えている限り)僕が発した言葉は、名前の紹介と毎週日曜にサッカーをやっているかの確認と、「じゃあね!」くらい。

来たばかりで、フランス語でべらべら話されるとわからないこともあり言葉のコミュニケーションはまだ完ぺきとは程遠い。しかし、言葉でコミュニケーションがうまくとれないのであったら、笑ってみたり、もっと楽しそうにプレーするとかいろいろできたと思う。プレーするにしても、つまらない感じのプレーになってしまって、ただの「へたくそなやつ」になっていたと思う。

終わった後は、体力も気持ちをそがれて、ぐったり疲れてしまった。久々に昼寝で6時間。


でも、この経験を通じて、逆に良かったなと思うのは、「快適な空間(comfortable zone)」を抜け出した感じがすること。

僕にとって路上サッカーは明らかに快適な空間ではなかった。何を話してよいのかわからなかったし、プレーしてもうまくできずもどかしさばかり。それでいて、すぐ疲れちゃうもんだから、しょっちゅう休憩する。黒人の中にいる白人(ヨボ)というだけでも、(意識しなくても)ストレスを感じるのに、プレーできない・話せない・笑えないの三拍子そろっているものだから、それはもう、やるせないほど「快適でない空間」だった。

快適でない空間に身を置くことはこれまで少なかった。快適でない空間にいることは、正直つらいし。でも、そういう意味では、今回のは、良い経験なのではないかと考えている。

快適な空間を抜け出して初めて、人は成長するとも聞いたことがある。しかしそれは、その「快適でない空間」を上手に成長の機会に変えることができた場合に限られるのではないだろうか。つまり、今回の一回きりの「良い経験」で終わらせるのでなく、この「快適でない空間」でどのようにコミュニケーションを取って「快適な空間」に変えていくか、どのように周りとの距離を縮めていくか。逃げることなく、耐えてこの壁を乗り越えられるか。その挑戦をして初めて、「良い経験」が「学び・成長」に変わると思う。

さて、頑張れるかな。コトヌーに滞在する間の日曜(残り三回)は行ってみようと思う。



…と、下書きを書いてから一週間。先ほど、二回目の路上サッカーに行ってきました。
とはいえ、先週感じたことは残しておきたいので、記事はアップロードしました。
二回目の路上サッカーについては、感じたことや考えをまとめたらアップします。


お読みいただきありがとうございました。
posted by 木村だっくす at 02:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

自分が本当にやりたいと思うこと

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滞在先ホテルの裏の子供。


協力隊には、派遣時期ごとに隊次というものがあります。7月から9月に派遣前訓練を受け、9月末または10月頭に任国に派遣された僕たちは、2次隊。平成25年度だから、平成25年度2次隊とか252とかいわれます。

25年度2次隊のベナン隊は僕を含めて6人。内、4人が30代で、平均年齢が高い。僕が一番若くて24歳。

ベナン人から学ぶことはたくさんありますが、同じ隊次の人生の先輩方から学ぶことも非常に多いです。とにかくみな本当に優しい人だし、寛容で、落ち着いていて尊敬できます。

話を聞いていくと、みなさんいろんな挫折を味わって、今の自分があるとおっしゃっています。きっと、挫折して、壁にぶつかって、乗り越えようと努力したからこそ、人間としてああしていられるのだろう、彼らと話していてそう思いました。僕ももっといろんな壁に当たっていかないと。挫折を味わわないと。

さて、それでは挫折しましょう、と言って簡単に挫折ができるのでしょうか。生きていれば自然と挫折ができるのでしょうか。

人生の先輩方と話していて思ったのは、挫折は向こうからやってくるものではないのではないか、ということでした。みなさん、いろんな挑戦をしてきて、自分と真剣に向き合ってきたからこその壁があり、挫折があり、今の彼らがある。

思い返せば、僕はこれまで挫折らしい挫折はしていないように思います。というよりも「挫折の種」がたくさん眠っていたのに、それを「成長の機会」に変えていくことができなかった。きっと、自分のできる範囲の中でしか、自分の元々持っている実力の範囲でしか挑戦してこなかったからだと思います。能力を超えたらあきらめていました。

この二年間では、そんな自分を乗り越えたい。自分のできる範囲で、そつなくこなそうとする姿勢。これ続けていたら、年齢だけ重ねて中身は何にも成長できずに人生終わってしまうような気がします。きっと、自分の能力をちょっと超えたところの挑戦をして初めて挫折というものを味わうことができるのだろうし、苦しんでその挫折を乗り越えようとするところに成長の種が眠っているのだと思うのです。


さて、どうしたらいいのでしょうか。

今の、2013年10月15日の僕の結論は、「自分の意思でやりたいと思ったこと」を見つけること。自分が、やりたいと本当に心から思うことを見つけること。誰かが言ったからとか、これをやるのが嫌だからとかそんな理由でなくて、自分が本当にやりたいこと、自分が心の底からやりたいことが何なのか。それを見つけることが、一番大切な一番最初のステップなのではないかと思うのです。

自分がこれまで、自分のできる範囲で、適当にそつなくこなしてきたのは、きっと、心の底からやりたいことが何なのかを追求してこなかったからだと思うのです。

大学だって、当然に受験勉強をして偏差値の良い大学に入ることが良いことだと思ってやっていたし、大学入ってからも、とにかく、目の前で課される試験でいい成績を取るための勉強をしていました。英語をしゃべれるようになりたくて、とりあえずどこでもいいからしたアメリカ留学。実際はトフルの点が足りなくて、行きたいところ行けなかったのに、まぁどこでもいいやって気持ちで、アメリカで一年弱過ごしました。

アメリカ留学から帰ってきて、将来どうしようかと考え、決めたのが「教育開発」。でもこれも、自分の経験で、自分の五感で心の底から追求したいと感じたことではなく、誰かが定めた「教育開発」という枠組みに、無理やり自分の「興味・関心」をあてはめているような気がしてならないのです。履歴書を書くとき、趣味・特技欄になんて書いてよいのかわからず、サンプルに挙がっている「読書」ととりあえず書くような、そんな感覚。

「自分の意思でやりたいと思ったこと」。これを見つけるためには、やはり「考える」のではなく、まずは「感じる」こと。ブルースリー。
自分の目で見たこと、自分の耳で聞いたこと、自分の鼻で嗅いだもの、自分の舌で味わったこと、自分の肌で感じたこと。「自分の意思でやりたいと思ったこと」は、自分の持つ五感の経験から始まる。五感の経験は、頭で考えるだけではどうしても辿りつけないのです。そう信じています。

そして、いま僕はベナンにいます。五感をフルに動かせる環境に来ました。僕の感覚は、ずーーーっと眠っていたから、フル稼働になるまで結構時間はかかるかもしれません。「自分の意思でやりたいと思うこと」を見つけられるかわかりません。

でも、少なくとも五感を可能な限りフルに稼働させ、「自分の意思でやりたいと思うこと」が何なのか、それと本気で向かい合う2年間にしたいと思っています。そして、もし可能であるならば、「自分の意思でやりたいと思うこと」を見つけたい。

いつの日か、この選択に誇りを持てるように。
いつの日か、「俺は俺だ」と胸を張って言えるように。


長文かつ個人的な内容でした。お読みいただきありがとうございました。
posted by 木村だっくす at 03:33| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

ベナンの気候

ネットが非常に不安定。

今日、雨降りました。ざーざー。

131015_il pluie1small.jpg

そういえば、飛行機から降り立った時に、「蒸し暑いな」と感じました。ま、今も少し蒸し蒸しします。すごく不快という蒸し暑さではありませんが、蒸し暑い。気温だけなら問題ないのですが、湿気があるせいで、暑さが気になる、そんな感じです。ま、個人的に暑いのは好きなのでそこまで苦ではありませんが。

さて、なんでこうも蒸し暑いのか。アフリカに来る前は、なんとなくアフリカはカラカラしていて、暑いといっても蒸し暑さはないのでは、と思っていました。

これ、季節によるようです。(当たり前ですかね。)
ベナンの季節は、大きく分けると二つ、細かく分けると四つに分類されます。

雨季(大雨季、小雨季)と乾季(大乾季、小乾季)です。
10月〜11月 小雨季
12月〜3月 大乾季
4月〜7月 大雨季
8月〜9月 小乾季

benin の四季.png
僕が到着した10月は、ちょうど小雨季に入ったところだったのですね。

でも、雨季といっても、雨がザーザー降るという感じではないです。確かに雨は多くて、毎晩降ってはいますが朝になったら大抵止んでいて、昼間はすごく良い天気の日が多いです。

ちなみに、洗濯物を夜干すと、雨にやられてなかなか乾きません。


お読みいただきありがとうございました。
posted by 木村だっくす at 05:41| Comment(0) | ベナン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

肌の色が違うということ

コトヌー到着しました!といっても、1週間近く前の話です。(ようやくインターネットに接続)

10月2日0:40(日本時間)の飛行機に乗り、パリ経由(7時間待機)でベナンはコトヌーに降り立ちました(現地時間で19:30、日本時間3日3:30)。フライトの待ち時間を入れて、約27時間。

アフリカの地に降り立った時は、ついにベナンに足を踏み入れたことに興奮したことを覚えています。
飛行機に乗っている人や空港のほとんどがベナン人(黒人)で、「こういう人達と2年間過ごすのか」と思うと、適応できるかなという不安と、適応できたら自分はどんな人間になるのだろうという期待を感じました。

ベナン人たちに囲まれて不安と期待を感じた理由ですが、おそらく、「思っている以上に、肌の色の違いが目立つ」からだと思います。ベナンに来る前は、みんな人間なのだから、みんな同じ、こういう風に考えていました。しかし、見た目の上では少なくとも、黒人の中に白人(この国では、黒人以外のひとを「ヨボ(白人)」と呼びます。)が混ざっていることは、すごく浮いた存在です。

現地についてから、ベナンJICA支所(ベナンには、JICA事務所はなく、支所があります。 )の方からもたびたび、日本人は目立つので注意するように、と言われました。まだ現地滞在数日ですが、このことはすごく実感します。

つまり、いくら頑張って、ベナン服を着て、ベナン食を食べても、完全に溶け込むというのは、難しい。そのことは、今後の活動でも意識していきたいと思います。
目立つからできることもたくさんあるとは思いますが。

ベナンからの初更新。お読みいただきありがとうございました。
posted by 木村だっくす at 02:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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