2014年05月26日

任国外旅行の行き先は○○○に決めた。

協力隊の2年間の派遣期間中、自分の任国(ベナン)以外の国に旅行に行ける制度がある。年間20日分、2年間で最大40日分任国外旅行に使えることになっている。

旅費は、一応本人持ちということになっているが、聞くところ普段の生活で浪費していない限り支給される手当の範囲内で旅行にも行けるようである。

旅行先であるが、任国以外のどの国でもいけるかというと、そうではなくて任国によって行ける国が異なっている。ベナンの場合は、セネガル、ブルキナファソ、ガーナ、ガボン、モロッコ、そして日本に行くことが出来る。

これらの国々、どの国も行ってみたくて悩んでしまう。

セネガル、ガーナは西アフリカでは比較的発展している国。ベナンとの違いを見て驚き、ベナンに戻ってからも新たな視点でベナンのことを見れるだろうと期待が持てる。セネガルでは同じ旧フランス植民地の間の差を、ガーナでは旧仏領と旧英領の発展の差を見ることができたら興味深い。

内陸国のブルキナ、中央アフリカのガボンは、おそらくこうした機会でないと行かないような国だからすごく行きたい。気候の違いや人々の生活の仕方の違いなどに着目してみたい。

モロッコは一度行ったことがあるが、フランス語が話せるようなった今行ったらきっともっと面白いだろうなと思うし、旅先で出会った人たちと再会を果たしたい気持ちもある。

日本。会いたい人が山のようにいるし、行きたいお店も、食べたい料理もたくさんあって、行けば大満足の旅行になることは間違いない。一度、日本に戻ることで、気持ちをリフレッシュさせ、より前向きに活動を展開できるようになるだろうと思う。


僕にとっては、これらのどの国も魅力的で、ベナンに来てからというもの「任国外旅行どこ行く?」という会話になるたびに返答に困っていた。

が、最近、ようやく決心が固まった。もう誰が何と言おうと、ここに行こう、というのが決まった。僕は決めた。



任国外旅行の行き先はベナンに決めた。

任国外旅行に使えますよ、と割り当てられた20日×2=40日間は、任国ベナンの任地サケテで過ごすことにした。もっと正確には、サケテにある村で過ごすことにした。

理由はいくつかあるが、要約すると任地サケテの村のことをもっと知りたいと思ったから。村人たちともっと一緒にいたいと思ったから。

20日間で外国の表面的な部分をちら見するよりも、自分の任地にある村の村人たちともっと深く関わって彼らの生活の深いところを見る方が今の僕には魅力的。

今のところ、候補の村が3つ。最近足を運び始めたHoume(フンメ)、水問題が深刻なIgbo-Egan(イボエガン)、ナイジェリア国境の村Apechi(アペシ)。

どこにするにしても、比較的長い期間(1〜2週間)村に泊まり込み、村人たちと生活する予定。

これらの村は、いずれも最近足を運び始めたところなので、まだまだ信頼関係を築いている段階。もっと関わって行って、自分の存在が「あたりまえ」に近くなったら泊まり込みを始めようかなと思っている。学校が長期休暇に入っている8月9月にできたらいいな。


この決断に迷いはない。
任国外旅行だけじゃなくて、ベナン国内旅行すらしない可能性が高くなってきた。それほど、いま僕は、村と深く関わりたい気持ちがある。

村で僕に何が出来るのだろうと悩みに悩んでもいまは何も考え付かないけど、とりあえず現地の人たちの目線に立つこと。しばらくは、それに徹したいと思う。
ラベル:サケテ
posted by 木村だっくす at 08:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月13日

現場の目線、お金貰いすぎ、それでも

現場の目線、というものを強く意識して最近過ごしている。

住民が座っている横に一緒に座って通りを眺めたり、子どもたちが座っている席の隣に腰掛けて授業を見学したり、村人たちが座るゴザの上に一緒に座ったり。(なんか座ってばっかだ)

とにかく、現場の人たちが何をどのように見て、どう感じているのか、それを少しでも分かりたくて同じ目線というのを心がけている。想像するだけでなくて、実際に同じところに座ってみている。

座ってみると、「通りはこういう風に見えるのか」と、普段歩いている通りであっても見え方が違ってきて面白い。


ただ、こちらがいくら同じを意識しようとも、実際に同じ目線に立つことは難しい。というかほぼ不可能なのじゃないかと思える。

肌の色の違い、言葉の違い、歩き方、振る舞いの違い、いろいろと違いがあるせいもあるが、もっとも大きい(と今感じている)のは収入の違い。

青年海外協力隊は、「ボランティア」と称するものの、「手当」(現地の人たちから見れば、これは「給料」)が支払われている。任地の口座に振り込まれる手当(以下、海外手当)と日本国内に支払われる手当(以下、国内手当)の二種類を受け取る。その他あるが、ここでは簡略に二種類で。
この支払われる額、現地の水準からするとかんなり高給である。

現場の教員と比較した場合、僕の受け取る海外給料は、教員5人分の給料とほぼ一緒。

しかも彼らは、すくない給料の中から家賃、光熱費、ガソリン代、そして食費を支出している。(ベナンの人たちの足はバイク。しかも燃費悪いらしいのでガソリンを結構食うとか。給料の5分の1はガソリンに消える。)これらに加え、子ども(多くの先生が既婚、子ども平均3人ほど)の養育費、家族が病気になれば治療費がかかる。

一方の僕は、家賃はベナン政府から支払われているし、バイク・車に乗らない(乗らなければ仕事が出来ないという状況にない)からガソリン代もかからない。養うべき家族もいないし、病気になっても治療費は保険が下りるから自分では支払わない。払っているのは光熱費と食費くらいなものである。

手元に残る額を比べたらとてつもない差である。彼らはほぼゼロ、僕の銀行口座の残高は膨らむ一方である。

国内手当を含まずにこの差である。国内手当を入れたら、お偉い校長(定年間際)のお給料の2倍近く貰っている。


要するに、圧倒的に僕たちは貰いすぎている。


現場の目線を意識して、彼らの目線と同じ高さでものを見ようとしてみるものの、収入の違いによって超えられない何かを感じてしまう。

「彼らは何をどう感じているのだろう」「現場の目線」
思いを巡らせるが、実際にその立場にない僕は、体感として分からない部分が大きい。

現場の目線に立つって難しい。



それでも、わかろうとする努力だけは続けていきたい。確かに収入は大きく違うけど、ほかの部分は近付けることが出来るのだから。同じところに座って、同じ通りを眺めて、同じものを食べて。

とにかく、こちらが近付く努力を続ける。
相手にとって収入の違いが気にならない(違いがあることはわかっているけど、それをなしにしても付き合いたいと思ってもらえる)くらいになりたい。

出来るだけ、現地の人たちと、同じ目線で、生活と活動をしていこう。
posted by 木村だっくす at 07:39| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

真っ裸

24歳

日本人



上智大学卒

名古屋大学大学院生

JICAボランティア

サケテ視学官事務所配属

白人

金持ち


これらの肩書をそぎ落としたとき、僕は誰なんだろうか。

真っ裸の僕は、どんな人間なのだろうか。

真っ裸の僕は、ベナンの人たちからどのように映るのだろうか。



「年齢ではなく、国籍ではなく、職歴ではなく、学歴ではなく、所属ではなく、スキルではなく、お金ではなく、あなたは誰ですか」

これは尊敬する調整員から新隊員に向けた問いかけ。



僕はどんな人間なのだろう。


肩書きをすべてそぎ落としても、
自信を持って自分という人間を見せられるような人でありたい。

逆にこちらも、相手の肩書きでなく、真っ裸の人間とまっすぐ向かい合い、関係を深めていきたい。


ちょっと遅いけど、2014年のテーマにしようと思う。「真っ裸」
posted by 木村だっくす at 06:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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