2014年09月08日

エボラ退避の流れとその時々の思い考え4(帰任許可〜帰宅)


これまでの記事
エボラ退避の流れとその時々の思い考え1(疑い発生〜コトヌー退避)
エボラ退避の流れとその時々の思い考え2(ドミ滞在序盤〜中盤)
エボラ退避の流れとその時々の思い考え3(ドミ滞在終盤)


8月27日(水)午後、JICAから帰任許可が出る。

JICAから今後の対応が発表された。ナイジェリアでのエボラが不特定多数に拡大していないことから、コトヌー退避になっていたウェメ ・プラトー県(ナイジェリアとの国境の県。任地サケテはプラトー県に含まれる。)の隊員および看護師隊員に対し、帰任許可、活動再開許可が下りた。今後、ベナン全土の隊員は、任地の県で疑い患者が発生した場合は任地で自宅待機、陽性が確認された場合はコトヌー退避することとなった。医療機関への立ち入りは一切禁止、不要不急の都市間移動も禁じられた。


待ち望んでいた帰任許可だった。明日にでもサケテに戻ろう。ようやく戻れる。早く戻りたい。そう思うが、同時に、いつのまにか非日常だったコトヌーの生活が日常になりつつあって、サケテが遠く感じ、うまくやれるだろうか、という不安も抱く。チューニングに少し時間はかかりそうだ。


8月28日(木)夜、サケテ到着。

知人の車でポルトノボまで向かい、ポルトノボでお土産としてりんごとパンを買い、乗合タクシーに乗り込む。ドミで始めたギターもしっかり抱える。

すっかり暗くなった20時過ぎ、ようやくサケテに到着した。ずっと帰ってきたかった場所に、ようやく帰ってこられた。夜になっていたからあんまりはっきりは見えなったけど、見慣れた景色をもう一度見ることが出来て、底の方から、嬉しい気持ちが湧きあがってくる。もう戻ってこられないかもしれない、と8日にサケテを発った。20日経ち、忘れないように、と脳裏に焼き付けた景色を再び見た時、安堵感、「ホーム」に帰ってきた感覚を抱き、俺が大事にしたいのはこの景色や人々の醸し出す雰囲気、人との関わりなんだなと改めて認識する。

家では、家族が「おかえり」と嬉しそうに出迎えてくれた。一見怖そうな大家、女性達から子どもまで、大家族のみんなが俺の帰りを喜んでくれている。家の様子は相変わらず。変わってなくて、安心した。あの子がちょっと大人びていて、あの子の身長がすこし伸びたような気がするが、気のせいだろうか。とにかく、戻ってこられて、すごく嬉しい。

当たり前になりすぎていて、ここでの生活の大切さを見失っていた。今回の退避で、その素晴らしさを実感した。これからはこの気持ちを大切にここの人たちとともに生活して行きたい。

ここからがまた新たなスタート。もう一歩踏み出す。村滞在もどんどんしていくし、カウンターパートのおばちゃんの生活にもどんどん関わっていく。もっと住民に近づく。ナゴ語も今のレベルじゃ話にならない。相手の語りを、フランス語を介さず、理解できるようになりたい。
posted by 木村だっくす at 06:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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