2014年12月14日

時間

昼下がりの村の一角で、乱雑に生えた草木やヤシの木を見て、遠く鳥のさえずりを聞き、さしかけの下で、特に会話をするでもなく現地の人と過ごしていると、ここの時間の流れはゆるやかだなと感じる。カレンダーや時計の文字盤の上に示された日付や時間は、ここでは何ら意味を持たない概念に過ぎないと思われてくる。あたかも普遍的なものであるかのように、世界のいたるところを覆っている日付や時間の支配は、ここには及んでいないようだ。何月何日何時何分というものは、きっとここではほとんど意味はなく、ここに流れているのは、ただ太陽が焼くように大地を照りつけ、風が木の葉や枝、ヤシの大きな切れ切れの葉をゆらしながら通り過ぎ、鶏が雛を数匹つれて小道を横切り、蜥蜴が素早く木を駆け上がる瞬間だけだ。そうした瞬間が、ただ連続して流れている、それがここの時間である。


時間の流れ方、捉え方は人によって異なる。

これはここ数カ月で私が体感的に理解出来たことだ。これまで時間の流れは、時計の文字盤に示されているように24時間という枠で捉える事が出来、万物に共通、常に一定の速度で一直線に一定方向に流れているものだと考えていた。私は、子どもの頃から、カチカチと音がしない、秒針が文字盤をなでるように進む時計が好きで、遊びに行った家や病院、歯医者などでそのような時計があると、じっと眺めては秒針の滑らかな動きを追いかけた。それを見るたびに、時間は一定の速度で流れているんだなと感心したものだ。ベナンに来てからも、初めの頃の私にはアフリカの人々の生活にも時計の示す時間が浸透しているように見え、地球のこんなところでも同じ時間が流れているのかと感心した。ある時、人類の歴史で、現在まで最も影響力を持っているのはだれか、ということを考えたことがあるが、その時の結論は、暦を考えた人と一日を24時間と考えた人であった。理由は、年月日や時間の概念が、日本をはじめとする先進合理社会のみならず、ベナンの人々の生活にまで浸透している点に、時と空間を超えた普遍性を感じたからであった。

数カ月前から、人々の生活を捉えようと、市井に生きる人々と多くの時間を過ごすようになった。協力隊と聞いてイメージするような、いわゆる「活動」とはかけ離れた、人々とただ会話をする、ただ時間を一緒に過ごすということに大部分の時間をかけ始めた。長々と立ち話をし、椅子に一緒になって腰かけて何時間も同じ風景をただ眺め、料理や洗濯の様子を横で静かに観察し、茣蓙で一緒に昼寝をし、畑で種を蒔き、ふざけあって笑う。そんな人々の生活を一緒になってやり、観察し、時には真似ごとのようなことをして時間を過ごしていた。すると、ある時、ふと、日本での生活とはリズムが違うなという感覚を抱いた。日本では、物事が目まぐるしい速度で進んでいて、時間や期限は当然守られるものとして考えられ、短時間である特定の目的を達成する(例えば、電車で目的地に向かう、スーパーで欲しい商品を買う、洗濯機で洗濯する、電子レンジで温めるなど)ように社会は回っている。しかし、私が触れている人々の生活からは、日本で感じたようなリズムより、ずっとゆるやかで無理のないリズムの中で生活しているような印象を受けた。

そんな折に、「生物学的文明論」という本を読む機会があった。これは、生物学の視点から現代(先進国)社会を考察した非常に素晴らしい本なのだが、その中で、動物によって時間の流れ方が違うこと、現代人の時間概念は古典物理学の絶対時間概念が生活の基礎となっていて生物学的時間概念とは異なること、そして物理学の絶対時間概念は、敬虔なキリスト教徒であったニュートンによって、創世記から終末まで一直線に、万物共通で流れる神の時間概念、西洋キリスト教的時間概念が物理学の世界に持ち込まれたことがきっかけであることが述べられている。この生物学的時間概念と古典物理学的な現代人の時間概念に違いがあることを知った時、なるほどそういうことか、と思った。私は、「現代人」の時間概念の中で生活をしていたため、一定の速度で普遍的に時間が流れることを当たり前だと考えていて、ベナン社会でもその時間が当然流れているものだと考えていたが、そもそも時間がみんなにとって同じ速度で流れていると考える点が誤りだったのだ。時間は、万物に共通で、一定の速度で流れているものではない。時間こそは、多様なものなのだ。私が感じたリズムの違いは、この時間の捉え方の違いから生れているのだろう。

この視点を持って人々と接し始めると、社会の時間の流れだけでなく、一人ひとりの時間の流れも違うことがわかってきた。わかってきた、と言っても私がここで言っているのは時間をどう感じるかという感覚のことであるし、また一人ひとりにあなたは時間の流れをどう捉えていますかと聞いたわけでもないので、あくまで人々と接した私個人の感覚でしかないのだが、人によって時間の流れ方が違う、と感じるのである。休み休みゆっくりと洗濯をする母親と何時間も同じところに座っている老人、鍋の蓋を木の棒で転がしながら駆けていく子ども、休暇で実家に戻ってきた大学生の若者とでは、時間の進むリズムが若干異なっている。人の数だけ時間の捉え方がある…!

この人はゆるやかな時間の中で生きているんだな、自分もそのゆるやかな流れに漂ってみよう、と思いながら人々と接するようになると、相手の時間を大切に出来るようになり、また、相手の時間を大切にすることの大切さがわかるようになってきた。そうなると途端に、協力隊の派遣期間や国際協力自体の捉え方も考え直さねばならないと思われ、様々な疑念が湧いてきた。協力隊の2年間という派遣期間は外部者が持ち込んでいる時間概念に他ならないのではないか。私たち協力隊員は、限られた期間で活動をすることが求められ、そして時に「成果」を出そうと焦って活動をしているが、その期間や焦りはあくまで外部者の都合に過ぎず、現地の人々には全く関係のないことなのではないか。現地の人々と私たちの時間概念が異なるのであれば、私たちがすべきなのは私たち「現代人」の時間概念を現地の人々に押し付けることではなく、現地の人々の時間の流れに私たちの方を合わせていくべきではないか…。

国際協力を謳い、現地社会に入り込まんとする私たちは、先進合理社会の様々な概念を身体に浸み込ませているが、それらの概念は、私たちにとっては、あまりにも当たり前のものとなってしまったが故に、自分たちが先進合理社会の概念を纏っているという事実にすら意識を向けないことが多い。そして、私たちにとっての「当たり前」が、あくまで私たちにとっての「当たり前」にすぎないという「当たり前」の事実を意識しない現在の―昔からそうだったのかもしれないが―国際協力は、ともすると、現地の人々の概念の方を、私たち「現代人」の概念に合わせて、均一な概念のもとで世界システムを運営していこうとする、傲慢で偏狭な利己主義に陥った、名ばかりの「協力」に成り下がっていると思わずにはいられない。時間の捉え方は、本来、社会によって、人によって多様であっていいはずなのに、国際協力の名の下に、私たちは先進合理国の「近代的」時間概念を現地社会に押し付けているのではないか。

時間の捉え方、流れ方が人によって異なることを体感的に理解できると、2年間のうちに何か活動をしなくては、と考えること自体がナンセンスなものに思われてくる。「協力」が、ベナン共和国のお偉いさん方のため、もしくは私たち外部者自身のためでなく、現場の人々のために行うものであるならば、私がすべきことは2年間のうちに目ぼしい成果をあげるような「活動」ではないはずだ。「協力」が人々のためのものであるならば、現地の人々の歩みに合わせて、自分も一緒になって歩んでいこうとする姿勢を持つべきなのではないだろうか。「協力」が人々のためならば、他でもなく私の方が人々の時間の流れに合わせる姿勢でもって人々に接して行くべきなのだろう。人々の時間の流れに、私自身の存在を浮かべ、一緒になってゆったりと流れていけたら、それも一つの「協力」と言えるのではないだろうか。
posted by 木村だっくす at 17:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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