2014年01月20日

簡単な活動報告2(Tippy-Tap設置)

前回に引き続き、今回も活動について。

前回の記事(簡単な活動報告1)では、1.学校訪問と2.評価表作成について書きました。
今回は、これと並行して行っているTippy-Tapの建設についてです。


3.Tippy-Tapの設置

Tippy-Tapとは?
Tippy-Tap(ティッピータップ)って聞いたことありますか?

tippy-tapの絵.png

Tippy-Tapとは、現地のリソースを使って簡単に出来る手洗い場のことです。お金もほとんどかからず、小学生でも作れてしまうほど簡単な手洗い場です。

用意するものは、Y字に切った枝木2本、細めの枝2本、小さいポリバケツ(5Lほどが理想)、紐、あとは土を掘る道具やポリバケツに穴をあける道具(釘、それを熱するためのライターまたは蝋燭)。

ベナンの僕のいる地域では、これらの材料は簡単に、かつ大抵の場合はタダで手に入るので、経済的な投入はほぼゼロで手洗い場が設置出来ます、設置作業も仕組みも簡単なので、壊れた場合でも簡単に修理が出来るというのもメリットです。

また、手を汚すことなく、流水を利用できるところもTippy-tapの良い点です。

前任者さんは市役所衛生管理課職員達と共同でこのTippy-Tapをいくつか設置したようです。僕は、前任者から引き継いで、このtippy-tapというものの存在を知りました。

詳しい作り方や説明は、こちらをご覧ください。(外部リンク:tippytap.org)

今回の記事は、このTippy-Tapを小学校に設置した話です。以下では、手洗いの重要性、ベナンでの手洗い事情、Tippy-Tap普及目標(予定)について書きます。


手洗いの重要性
さて、そもそも何故手洗いが重要なのか。

それは、発展途上国で問題となっている下痢や急性呼吸器感染症(英:ARI/仏:IRA)は、ベナンでも同様に主要な問題とされているからです。死亡しないまでも、下痢などで体調を崩す子どもは多いようです。

水や食品の衛生などの問題もあるので手洗いだけでこれらの病気が防げるわけではありませんが、手洗いによってこれらの病気のリスクを大きく減らすことは出来ます。また、ベナンでは手で食事を取るため、手に着いた細菌が体内に入りやすいです。そのため(私見ですが)、手洗いによる病気予防の効果は他の場合より高いように思います。

日本の学校に行っていた人なら言われていたことだと思いますが、手洗いはただ水で洗えばいいのではなく、石鹸の使用と流水によって流すことが重要です。

そんな手洗い。ベナンの小学校でのその重要性の認知度はまずまずです。
具体的な数値で「これくらいの認知度!」と示すことはできませんが、学校で話を聞いていると、校長や教員、また生徒らも手洗いの重要性、石鹸を使う必要についてはある程度認識しているようです。手洗いで病気が防げることも理解しています。

しかしながら、僕が見る限り、そうした知識(頭では分かっていること、言われれば分かること)が実践に反映されていません。それが、これまでの学校訪問等を通じて分かった課題の一つです。


「手洗いは面倒くさい」その二つの理由
実践が出来ない理由はいくつかあるのでしょうが、端的にいうと、「面倒くさい」からです。

自分の場合を例に取ってみたらわかりますが、手洗いは面倒だからやらない、なんてことはざらにあると思います。日本にいる時ですら、面倒だなと手を洗わないことはしょっちゅうありました。

ベナンの小学校では、その面倒くささが倍増します。その理由は二つあるように思います。

@ 適切な場所に手洗い場がない
学校の衛生環境・保健設備は、当然学校によって状況は異なりますが、訪問した学校の多くで共通しているのは、トイレ前や食事をする場所に手洗い設備がないことです。日本の小学校にあるような水道なんて代物はベナンにはありません。

学校によっては、コンクリートと一つの蛇口で作られた「手洗い場(Lave-Main)」というのがトイレ前に設置されているところもありますが、大抵の場合、蛇口が壊れてしまっていて、使えない状態で放置されています。(いままで訪問した中では、「手洗い場(Lave-Main)」が設置されていて、それが機能している学校は1つもありませんでした。学校には予算というものがありますが、保健分野にかけられる予算は限られていて、故障した「手洗い場(Lave-Main)」を修理することは容易でないようです。)

手洗い場(Lave-Main).jpg
壊れた手洗い場

必要なところに手を洗う場所がなければ、いくら「手洗いは重要!」「実践しよう!」と言ったところで難しいと思います。

A手洗いは時間がかかる
手洗いなんてすぐに出来るじゃないかと思うかもしれませんが、ベナンの小学校での手洗いは時間がかかります。

ベナンの小学校で一般になされている手洗い実践は、2人一組で行われます。用意するものは、バケツ(水入れ)と桶(水受け)とコップと石鹸。

一人(Aさん)がバケツから水をすくい、もう一人(B君)の手にかけてあげます。B君は、石鹸を使ってゴシゴシと洗います。手洗いの重要性、やり方はそれなりに理解していますから、少なくとも僕の前または先生たちの前では、しっかりと手の平、手の甲、指の間、爪を洗います。B君が洗い終わると、Aさんはコップに水を取り、B君の手にかけてあげます。B君が終わると今度はAさんが同様の手順で手を洗います。

学校保健実践の比較的優れた学校は、手洗い用の水を各教室の前に確保しています。しかし、そうした学校であっても生徒数に対して、バケツやコップの数が少ないので、みんなが手を洗い終わるまでたくさんの時間がかかります。

そうなると、多くの生徒が一度に手洗いをする場面(食事前など)では、大変なことになります。ベナンは生徒の数がものすごく多いので、1クラスの人数は少なくて40人、多いと80人を超えることもあります。そんな人数で上の手順で手洗いをすると、それはそれは大変時間がかかります。ある小学校で観察したところ、一つのクラスでは、クラス全員が手洗いを追えるのに30分以上かかっていました。

手洗い実践.JPG
小学校での手洗いの様子。整列して行う。

これでは当然手洗いは「面倒なもの」になってしまいます。

自分がベナンの小学生の立場だとしたら、先生やボランティアが見ていないところでは手洗いはしないと思います。面倒ですから。


Tippy-Tapを普及させたい
さて、そんなわけで日本の場合と比べて、すごく「面倒くさい」ベナンでの手洗いですが、その面倒くささを半減させることができるのがTippy-Tapだと思っています。

トイレ前に簡単に設置でき、誰の助けもなく自分一人でささっと手を洗えるのですから、これが普及すれば、「手洗いは重要だ!」という知識から、「手洗いをする」という実践へつなげることができるのではないのでしょうか。

そんな風に考え、活動期間中の目標として、可能なら、管轄校92校すべてに設置したいなと考えています。すべてのトイレの前に手洗い場を設置する、それだけでも実践率はかなりアップするのでは、と踏んでいます。

とこうした意気込みの下、先日、Tippy-Tap第一号(正確には僕の任期が始まってから第一号)を配属先に隣接する小学校Sakete Centre/A小学校(日本の慣行にならって「サケ小」と呼びます)に設置しました。やった!

サケ小に設置したのは、校長がTippy-Tapに強い興味を示していたのと、他の多くの校長の目に触れるからです。

Tippy-tap全校設置のためには、まずは校長先生たちにその存在を知ってもらわなくては!この点、サケ小は配属先に隣接することから校長らを集めた会合などの会場となるため、他の校長にtippy-tapの存在を知らせるには持ってこいの場所です。ということで、そこに設置しました。(実際に他の学校の校長がTippy-tapを見て、興味を持ってくれたかどうかは、今の段階ではわかりません)

Tippy-Tap.JPG
サケ小校長とtippy-tap

そんなわけで、今後も普及させたいこのtippy-tapですが、設置は所謂「ハード」の協力です。今後は、設置と合わせて「ソフト」面の(生徒達の実際の意識や行動に働きかけるような)活動を並行して行っていければと考えています。が、現在はまだアイディアの段階なので、内容が固まり、実際に動き出したら、またお知らせしたいと思います。


なんだか今後の活動報告というよりかは、今後の予定を発表した形になってしまいました。

とにかく、一つ目標が出来つつあるので嬉しいです。
そんな感じで今年は活動頑張ります。


参考サイト
Tippytap.org(英語)

それではまた。お読みいただきありがとうございました。
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タグ:活動 tippy-tap
posted by 木村だっくす at 09:17| Comment(0) | 活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月13日

簡単な活動報告1(学校訪問、評価表作成)

明けましておめでとうございます。

本年初ブログ更新。

「最近なにしているのー?」と先日twitterで協力隊同期に聞かれて、そう言えば活動について記事にしていなかったなと思い、今回はそれを記事にすることにしました。それと、2014年は活動を頑張っていきたいという思いも込めて、今年初ブログ更新を活動内容に関することに。
赴任から3カ月が経とうとしているところなので、ちょうどいい振り返りになるかな。

僕の要請は、「学校保健に関する活動をしてください」と大変大まかな要請なので、
何をやってもいい自由がある分、何をやっていいのかわからないというものでもあります。大学生になって急に自由になって、なにしたらよいのかわからない、あんな状況に似ています。

とはいえ、僕は前任者が下地を作ってくれていたおかげで、それなりにスムーズに活動に入っていくことが出来ました。
赴任から最初の一カ月は、配属先内部の様子や来所する人たちへの挨拶・人脈作りをしていました。これは以前記事にした通りです。

その後は、学校の様子を自分の目で見なければ何もわからないじゃないか、と思い、以下のような活動をしていました。


1.学校訪問
前任者からいろいろと資料をいただいていたおかげで、サケテ市内の小学校に関する「情報」は手元にあったのですが、
授業はどうおこなわれているのか、
どんな雰囲気なのか、
学校に行ったら何に注目すればよいのか、
どういう活動にするのか、
こういう疑問は「情報」だけでは解決せず、どうしても自分の目で見なければなりませんでした。そこで、11月の後半より学校訪問を少しずつ開始しました。

学校訪問.JPG

これまでのところ、これまで小学校12校(内、調査実施11校)、幼稚園3校を訪問しました。訪問校は、前任者の設定したパイロット校を中心に回っています。

自分としては、結構巡回した!と思っていましたが、こうして数字にしてみると大した数字になっていなくて、自分の「結構」は当てにならないなと実感します。

さて、訪問先の学校では、まずは現状確認ということで、
校長や教員へのインタビュー、トイレや手洗い場、各教室の飲み水の確保等の学校保健設備の確認、また、売り子周辺の衛生状況の確認を行っています。(ベナンの学校では、中年女性が校庭内で食事を売っています。生徒たちはここで朝ごはんや昼ごはん、お菓子を買います。)
チェックは、下に書く「学校保健衛生評価表」を基に行っています。


この学校訪問ですが、僕一人で行っているわけではありません。市内で学校保健活動に関わっている市役所衛生管理課職員(Animateurs d’hygiène et d’assainissement)と一緒に巡回しています(これもまた、前任者が作ってくれたコネクションのおかげで出来ていることです)。

彼らと巡回するメリットはいくつかあります。
メリット@コミュニケーション能力不足の解決
現地人の助けを借りると、コミュニケーションの問題は大幅に解決します。

学校訪問時の校長や教員とのコミュニケーションでは、短時間で効率的に情報を聞きとる必要があります。(短時間で効率的に情報を聞きとる必要性については別の機会に記事にしたいと思います。)ですが、僕の仏語力は、こうした短時間での効率的な聞き取りというのをするのに不十分です。
また、仏語が話せない売り子とのコミュニケーションは、彼らの助けなしにはほぼ不可能に近いです。(僕が出来る現地語は挨拶、それも「こんにちは」「お元気ですか」くらい。)

このコミュニケーションの穴を埋めてくれることは大変ありがたい。自分が発言する場面が異様に少ないのが気になっているところではありますが。

メリットA活動初期段階において、活動イメージを膨らませる
学校訪問時にどうふるまえばよいのか(礼儀、校長との接し方など)や学校保健のチェック項目についての知識がない活動初期段階において、同じ分野で活動する人たちの様子を間近で見れたことで、活動のイメージを膨らませることが出来たのは、僕にとっては大きな収穫でした。

また、ベナン人の仕事の仕方や仕事に対する姿勢などを垣間見ることができたのも大きかったです。今後の活動のアイディアにつながっています。


そんなこんなの学校訪問ですが、前任者設定のパイロット校がまだ数校残っているのでそれらの訪問までは続けます。あと2校!



2.学校保健衛生評価表の作成
学校訪問と並行して、「学校保健衛生評価表」なるものを作成しました。前述の市役所衛生管理課の人たちと共同で作成ました。正確には、市役所にもともとあった評価表をベースに作り直した、という感じです。

チェック項目は、保健委員会やトイレ(Latrines, Urinoirs)について、手洗い場の有無、飲み水の確保、売り子の衛生環境などについてです。
小学校用と幼稚園用を作成したのですが、どちらも100%完成とはまだ言えない状態で、いろいろと課題が残っています。

もっとも大きな課題は、各項目の質問事項とそれらにつけた点数の客観性が乏しいこと。
もともとあった評価表をベースにこの点数も配置しているのですが、現状ではその基準が明確ではありません。そのために、評価者個人の性格やその時の状況によって結果が変わる可能性が大いにあるため、評価表の信憑性に問題があります。

ある程度、調査が済んだ段階で、関係者の間で調査結果の情報共有を図る予定であり、また、今後もこの評価表を用いて学校保健環境、学校保健に対する各校の取り組みの進捗度を測っていく予定でもあるので、現状の評価基準が曖昧な評価表ではあまりよろしくない。

評価基準が明確で、ある程度誰が評価しても同様の結果が得られるような評価表作成にはもう少し時間がかかりそうですが、この評価表は今後の基準にもなりそうなので、少し時間がかかってもしっかりとしたものを作りたいと思ってます。

現在、ヒントを得るため、「プロジェクト評価の実践的手法 JICA事業評価ガイドライン改訂版」を読んでいるところです。


今回はこんな感じです。
配属先の管轄校92校全校訪問しよう、と思っていましたが、パイロット校訪問調査を終えた段階でいったん活動の計画を練ることにします。92校訪問は、時間がかかるうえに、明確な「軸」がないと「訪問をした」だけが成果となってしまう恐れがあるので、一旦慎重になって、2年間の活動プランを練りに練ってみたいと思います。活動のイメージもつき始めたことですし。

次の記事でも活動報告をします。

本年もよろしくお願いします。
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タグ:活動 サケテ
posted by 木村だっくす at 06:16| Comment(0) | 活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

ベナンで苦しむ僕の仏語力を紹介します。

派遣前訓練が駒ヶ根で始まる前、先輩隊員の報告書やブログでベナンについて情報収集した。その際、目に留まったのは、多くの人が語学で苦労した話を書いていることだった。

フランス語は大変なんだなぁ、と半ば他人事のように思っていたが、現地に来てみて、
僕も例にもれずフランス語で苦戦している。

先輩隊員の報告書やブログには、フランス語で苦戦したことは書かれていても、その人のフランス語力に関しては触れられていないことが多い。情報収集していた時は、「で、この人はどれくらいの実力があって、苦戦しているのだろうか。」と疑問に思っていた。

そこで、今回は、ベナンで苦しむ僕のフランス語力、フランス語との接触(ちょっと他言語も含めて)を紹介したいと思う。これから協力隊に来る人の参考になれば幸いである。誇張や謙遜をすることなく伝えたいと思う。


大学の第二外国語として2年半勉強。仏語は結構好きだったし、仏検受験したかったこともあって、結構一生懸命勉強したように思う。(2008年4月から2010年7月)
仏検準2級所有(2010年2月くらいだったかな。3年以上前だ。2級は一次合格、二次不合格。2010年6月ころ。)
仏語圏滞在は、フランス3週間、モロッコ1週間。(旅行。2011年6月。ほとんど英語を話していたように思う。)
・その後入所前までフランス語との関わりなし。入所前にちょっと復習したくらい
・駒ヶ根入所時、フランス語で質疑応答が出来た。(クラス分けテストの面接。相手の言っている内容もそれなりにわかったし、単語を探しながらそれなりに言いたいことは言えた。伝わっていたかの自信はあまりなかった。)

他言語
・日本語:ネイティブ(神奈川弁。地元帰ると「〜だべ」とか言う。)
・英語:アメリカ留学(10か月)のおかげでそれなりに話せる。(帰国子女の前では恐れ多くて話せないけど、留学経験者とならそれなりに自信を持って話せるレベル。協力隊の語学区分で言えばAランク。)
・他の言語:まったく知らない


資格としての準2級は持っているものの、訓練から3年以上前の話なので、入所時には文法や単語に関してはそんなに実力がなかったと思う。
ただ、英語が話せるようになったおかげで(英語からの流用を駆使した)会話力は準2級合格当時より高かったと思う。

駒ヶ根の訓練では、単語力・会話力ともぐんと伸ばした。
そのおかげで会話に関しては、仏検2級は合格できるのではないかと思うレベルまでは上達した(仏検2級は単語が圧倒的に難しいので、一次試験合格が難しいかもしれない)。
退所時の試験では、男性女性名詞を間違え過ぎ、英語からの流用が多すぎる点を注意された。

ベナンに来るまでの僕のフランス語力はこんな感じ。ベナンに来てから、ベナンのフランス語に慣れてきた以外は大きくは成長していないので、今も変わらないかなと思う。


こんな僕は、現在フランス語で苦戦を強いられている。
簡単な会話なら問題ない。しかし、相手に一生懸命聞いてもらって、ゆっくりと簡単な言葉で話してもらって、ようやく会話を成り立たせている。
彼らの好意に甘えている形でのコミュニケーションである。

この「甘え」。
甘えている事実そのものが嫌なのだが、それより「甘え」が出来ない時、すなわち相手が忙しい時や疲れている時に、まともなコミュニケーションが取れなくなることに困っている。

特に、単語力不足とリスニング力不足は深刻で、すぐに理解できないから相手を苛立たせてしまうことも少なくない。相手が大人な対応をしてくれているから、なんとか活動が出来ている。

「対等」なコミュニケーションが出来ていない。

ベナンの文化なのかどうかはわからないが、仏語が出来ないというだけで下に見られ、軽く見られてしまう。(他の仏語圏アフリカはどうなんだろうか)

仏語が出来ない→忙しい時に会話出来ない→重要情報が入らない→活動に支障がでる
こんなことも実際に起こっている。


コミュニケーションでは、「ノンバーバルコミュニケーション」が大事だとよく言うし、それにはすごく納得している。もしかしたら、僕の場合、このノンバーバルが弱いのかもしれない。言葉なんてなくたって上手にコミュニケーションとる人は取るのかな。

でも、僕は、やっぱり活動をするうえでは、言葉は大切だと思っている。
言葉で悔しい思いをしている。

訓練所にいる時、コトヌーでの訓練中には「あれ、僕のフランス語って結構いけてるんじゃないか」と思っていたが全くそんなことはなかった。全然足りない。
もう一度書く。全然足りない。


これから協力隊の人、
語学は死に物狂いで勉強することをお勧めします。

それではまた。
およみいただきありがとうございました。
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posted by 木村だっくす at 01:19| Comment(2) | フランス語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

「何故」という問いについて考えている。

「何故」という問いについて考えている。(超長文です。流し読み推奨。)
「何故」という問いは、説得的な答えを持っていないものに対しては、非常に強烈で、暴力的である。

「何故」は、投げかける人にとって非常に簡単で手間のかからない、楽な質問である。「何故」の一言で、相手からいろいろなことを聞き出せるから。「何故」は、質問者にとっては、挑戦でも挑発でも暴力でもない、ただの好奇心から発せられる問いであることが多いと思う。

しかしながら、この「何故」という問いは、その質問を受けとる側にとっては、攻撃的に映ることも少なくない。質問者の「何故」という一言によって、「何故」を受け取った側は、あれこれと理由を述べ、質問者を納得させることが暗に求められる。質問者の好奇心を満たす、と言ってもいいかもしれない。

質問する側は「何故」という一言であるのに対して、答える側は多くの言葉を並び立てなければならない。「何故」の問いかけが一方通行である場合には、釣り合いのとれない会話となる。


「何故」との出会い
以前アメリカに留学していた時のこと。親しい友人のなかにヨーロッパからの留学生が多くいた。彼らは、よく「何故」を問いかけた。当時の僕にとって、この「何故」に答えることはとても辛い作業であった。そのため、多くの場合、「特に意味はない」と答えていた。

一つには、頭の中でふわふわしている理由を彼らに話したところで彼らを納得させられるか自信がなかったためで、もうひとつには語学力の問題で自分の考えを上手く英語に変換する自信がなかったためである。いずれにせよ、「意味はない」との返答に対して、彼らは決まって納得のいかない顔をした。

だから、僕はこの「何故」を問いかけられた時、なんだかあまり良い気持ちがしなかった。というより、「何故」は僕にとっては非常に不快であって、暴力的に映った。そんな僕の気持ちも表明しないから相手にはわかってもらえず、その後も「何故」の問いかけが止まることはなかった。

しかし、人間にはそれなりに適応能力があるらしい。「意味はない」と答えると怪訝そうな顔をされることがわかると、次第にその場で思いついた口から出まかせの理由を語るようになった。出てきた理由があまりにも適当に選ばれた言葉である場合には、さらに「何故」を繰り返され、かえって自分の立場を悪くすることもあったが、答え方に慣れてくると(コツをつかむと、と言ってもいいかもしれない)、僕の適当な答えにも納得してくれる人も増えてきた。少なくとも僕にはそう映った。

僕が答える「理由」は、口から出まかせ、良く言っても喉から出まかせ程度の浅い理由であった。「理由」は。その場の思いつきに過ぎないものであったが、「何故」を切り抜けることが出来るようにはなった。「何故」への耐性が身に付いた。


「何故」耐性の活躍
「何故」耐性は、大学院時代にはよく活躍した(「大学院時代」と言っても、協力隊に来る関係で3カ月しかなかったが)。僕の通った大学院は日本にあったが、国際的であり、7割以上は留学生という日本では比較的珍しい環境であった。アジア圏からの留学生が多かったが、なぜか南米からの留学生も多かった。僕がたまたま選んだ研究室のある三階には南米出身のものが多く、ラウンジではスペイン語が飛び交う光景は珍しくなかった。そんな彼らと僕はすぐに打ち解け、仲良くなった。

彼らとの会話では、「何故」のやりとりが頻繁に行われた。彼らの問いの立て方などは、なんとなくだが、アメリカ留学中に出会ったヨーロッパ人留学生たちと似ていたような気がした。この時には「何故」耐性がそれなりに形になっていたようだ。かれらの「何故」にたいして、さほど苦労なく答えられたし、相手も僕の答えに納得しているようであった。この時点では、以前感じたような不快感は抱かなくなっていた。

「何故」の問いが普通になってくると、次第に自分の口からも「何故」という問いを発するようになっていった。「何故」を中心とした会話は、理論的なように思えたし、何よりそれを通じて留学生らと同じ土俵で話が出来る「国際的」な人になった気がした。

「今後国際的に何かをするかもしれない。今後も何故の問いかけはつづけよう。」そう思っていた。僕は、こんなタイミングでベナンに来た。


「お金くれ」
ベナンでは、僕を見かけると、条件反射的に「エイボ」と声をかけてくることは前回記事にした通りである。人によっては、二言目で「お金くれ!」と言ってくる。「エイボ!」と言う人の一割から二割程度の人たちが、お金を要求してくる。「エイボ」と呼ばれ続けることにも苛立ちを覚えたが、「お金くれ」にはもう少し苛立つ。

ベナンの社会は一見すると「貧困」には見えず、人々に生活の困窮感はない。人々は、ゆっくりとそれぞれの時間を生きているような印象を受ける。ここでの「お金くれ」は、アジア諸国で見るような切迫感の伴ったものではない。一言でいえば、「軽い」、あまりにも軽い。

ベナン人によると、この「お金くれ」は単なる冗談にすぎないから簡単に聞き流していればいいということだ。そんなものか、と思って聞き流すことにした。いや、聞き流す努力を始めた。

しかし、この簡単に聞き流すという作業、頭で理解するのと、実際に行動すること、自分の心の動きが全く異なることを実感させられる。頭では、簡単な冗談だから、とわかっていても、心ではどうしても苛立ってしまうことも多い。特に自分があまり良い状態でない時、疲れていたり、何かのストレスを感じていたりする時になると、この「簡単に聞き流す」は難しくなる。

「何故、おれに金を求めんだ。」
少し前に、たしかあれは水曜日だったように思うが、いつも行っている市役所の前で友人らと昼ごはんを食べていた。日差しが強烈で、気温も高い1時ごろだった。その日の料理は何故かいつもよりピーマン(唐辛子の一種)が多く入っており、辛かった。そんなところに35歳くらいと思われる男が市役所に向かってきた。そして、僕を見つけるなり、「お金をくれ。腹減ってるんだ」と言ってきた。この男の言い方も例に漏れず、軽いものであった。

午前中の活動の疲れ、暑さ、なぜかいつもより辛い食事。いろいろなことが重なって、僕は苛立ってしまい「簡単に聞き流す」ことが出来なかった。勢い余って、「お前誰だよ。何で俺が知らないやつにお金をあげなきゃいけないんだ。」と言った。勢いで発言してしまう自分が嫌だが、この時もまたその嫌な自分が出た。

ほどなくしてその男に再会した。それまで会ったことがあるようには思えなかったが、その男は市役所で働いている人であった。「市役所の人だったのか。まずい言い方してしまったな」と数時間前の発言を後悔した。そして、何事もなかったかのように、他の人に対してと同様に、その男にも挨拶に行った。

僕「ボンソワー、ムッシュー。」

男「(むすっとした顔で)お前はさっき俺のこと知らない、と言っただろ。俺に挨拶しないでくれ」

僕「はーなんだよそれ。それはお前が失礼にもいきなり『お金くれ』と言ってきたからじゃないか。ていうか何故金くれっていうんだ。何故、俺に金を求めるんだ。何故そんなこと聞くんだ。何故だ!」

これまでいろいろな人から言われてきた「お金くれ」によって自分の中に溜まっていたストレスをその男にぶつける形となった。二人の間には、気まずい空気が流れた。


何故って言われても意味はない
この件について友人のアーメルに相談した。ベナン人はなぜすぐに「お金くれ」と言うのか。彼は、それは冗談だと言った。
冗談ならもっと面白いことを言ってくれと思ったが、そんな思いをよそに彼は続けた。

「別に意味なんてないんだ。それは冗談なんだ。だから「何故」と聞かれても理由はない。俺達は、ただそれを言って楽しんでいるだけなんだから。いつも理由を求めるのは欧米人のやることだろう。俺たちは大した理由もなくお金くれというし、深い理由のない質問をしたりする。だから何故と聞かれても困るし、何故という問いはここではあまり大きな意味はない。」


僕はアメリカで「何故」のシャワーを浴び、「何故」耐性を身に付けた。「何故」に答えられて「何故」を問いかけられるようになると自分は「国際的」な社会で生きていけるように成長したんだなと思った。「何故」耐性は、南米出身の人たちとの会話でも役に立ったので、きっとアフリカでも役に立つだろうと考えていた。

たしかにこれまで経験してきた「国際的」な社会においては、「何故」のやりとりは重要であるように思えた。しかし、この「国際的」という時、それが意味しているのは「欧米」のことではないだろうか。そう思えてきた。「何故」に耐えられることが「国際的」である条件の一つのように思っていたが、それは「欧米的」であるための条件かもしれない。
僕は、知らず知らずのうちに欧米の価値観に染まっていたのではないだろうか。

理由を求めることが正しいと(無意識に)思っていた。ここではそれは違う。
僕がここの人たちのちょっとした発言に、「何故」を強く問いかければ、きっと彼らは、僕がかつて感じたような気まずさや不快感を抱き、僕の問いかけを攻撃的と捉えるだろう。「何故」の問いはここでは意味をなさない。

質問したものを納得させるような答えを持っていない者に対しては、「何故」という強烈な問いは、暴力と呼べるほど攻撃的なものであるように思える。


前回「エイボ!」について書いた。
最近、「エイボ(白人)」と呼ばれたら「オニヤドゥドゥ(黒人)」と呼ぶことにしている。そうすると、たまに普通にouiと言ってくる子がいる。
なんだ。「エイボ」ってのもただの呼びかけじゃないか。大した意味はないんだな。

今日も「お金くれ」と言われた。500フランくれと言われたから、1000フランくれたら500フランあげると答えた。適当に会話したら、彼は去っていった。
結局「金くれ」も口だけで、本当に欲しいわけじゃない。その発言に大きな意味はないんだ。そのやりとりを楽しめばそれでおっけーなんだ。

そう考えると苛立ちが少なくなってきた。気持ちが楽になってきた。

たわいのないやりとりに「何故」はいらないのだと思う。


読んでくださった方、ありがとうございました。
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posted by 木村だっくす at 07:37| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月07日

「エイボ!」に苛立つ

ナゴ語では、黒人以外のことを「エイボ」という。「白人」という意味だ。

シャイとは程遠いここの住民は、僕を見つけるや否や、「エイボ!」と声をかけてくる。老若男女問わず、である。

なかでも子どもは、エイボに大変興味があるらしく、見つけると遠くからでも大声で叫ぶ子どももいる。こちらの反応が返ってくるまで永遠と「エイボ!」「エイボ!」と繰り返す子どもも少なくない。

この街には、僕の他にエイボはほとんどいない。先日、糖尿病の対策で来ているというフランス人二人に会ったが、彼ら以外にはエイボに見かけていない。実際、彼らとも一度しか会ったことないし、街を歩いていても見かけないので、僕の生きている世界ではエイボは僕一人である。

身体の構造上、鏡を介さずに自分で自分のことを見ることが出来ないので、僕の視界に入るのは黒人(オニヤドゥドゥ)だけである。この景色に慣れてくると、ありえないと思うかもしれないが、自分も黒人になった気分、この社会にすっかり馴染んでいるのではないかという錯覚を起こす。

しかし、実際のところ、まったくなじんでいない。以前「肌の色の違いが目立つ」と書いたように、肌の色の違いは非常に目立つ。何カ月滞在しようがそれは関係なく、黒人のなかに「白人」は全く溶け込まない。

そうなるとサケテ「唯一」(自分の目では他のエイボを見ないから、この際「唯一」と言わせていただきたい)の「白人」の僕は、一挙手一投足が注目されることになる。紅一点ならぬ白一点である。歩けば、エイボエイボと声をかけられ、買い物しても人が寄ってくるし、学校にいけば子どもたちは興奮して大変な騒ぎである。

サケテに来た当初は、こうして「エイボ、エイボ」と話しかけられることも、「あぁ、なんだかいいものだなぁ」と思っていたが、時間が経つとそうした感情にも変化が出てくる。

最近は、子どもが止むことなくエイボエイボと話しかけてくることに苛立ちを覚えるようになってきた。誤解がないように言うと、その時の気分によっては苛立つことも出てきた。

僕は気分屋だから感情の波が非常に激しい。上がっている時は誰とでも仲良く話せる気分になるが、逆に下がっているときは周囲を完全にシャットアウトして自分の殻に閉じこもりたい。

しかし、「白一点」のサケテ社会において、唯一の「白人」の僕が周囲をシャットアウトできるはずはなく、こちらの機嫌にはお構いなくエイボ!エイボ!と話しかけてくるのである。

一応、「今は機嫌悪いモードなので話しかけないでね」と顔に書きはしないものの、そういうオーラを出して「近づかないでくださいね」というメッセージは出すのだが、受け取る人は一人としていない。容赦なく「エイボ!」「エイボ!」である。

僕の苛立ちがもっともピークに達するのはこういう時である。きっと、この時、不快を示す脳内のなんとか波は一気に放出されていることと思う。正直言って、子どもたちを蹴り飛ばしたくなる。



ベナンでの生活は、現在2カ月が経過したところである。すべてが素晴らしく見える最初の期間を超え、現在は嫌なところにも気付き始めている時期なのだろう。

今はこのように自分の苛立ちの原因を分析してなんとか苛立ちを抑えようとしている。

しかし、苛立つ自分の心の狭さにも苛立ちを覚えるため、何か苛立ちそのものの原因を除去する良い手段はないものだろうか。

「エイボ」というのは、実は「かっこいい」という意味だと解釈をして、街中いたるところで「かっこいい!かっこいい!」と言われていると思えば良いんだ、と思って現在実行中であるが今のところ効果はなさそうである。

なにかいいアイディアがあったら教えていただきたい。

そんなこんなの苛立ちの記録。記念に残しておこう。


お読みいただきありがとうございました。
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posted by 木村だっくす at 08:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

一カ月経って気付いたこと(羅列)

赴任から約1カ月が経ったということで、
これまでに気がついたことを箇条書きにして羅列してみます。

・昼の日差しは異様に強い。
・昼寝必須。
・自分の(体力の)限界を把握しておくべきである。
・でないと体調崩す(昨日崩した)。

・CP(教育指導主事)は学校保健活動への関心が薄い。
・C/CS(視学官)は教育への想いが強い。

・形式主義(やたらと形にこだわる)。
・権威主義。

・きれい好き。特に掃き掃除。
・良く笑う。
・現地語が大変喜ばれる。

・若い校長が多い。
・子どもが多い。
・先生が少ない。
・学校は子どもよりも先生中心
・先生は子どもを叩くための木の棒を常に持っている。

・子どもはシャイとは程遠い。
・「お金頂戴」ってよく言われる。
・かなり軽々しく言う。
・逆に「お金頂戴」って言うと黙る。
・子どもパン持っている時に、「パン頂戴」って言うと本当にくれる。

・黒人女性は美しい。
・かわいい系もいる。

・挨拶が盛ん(特に電話)。
・しばらく電話しないと怒られる。

・待っていても何も起こらない。
・動くと何か起こる。

・今のところ、この社会、僕に合ってる。


以上です。
詳しい内容は、今度書きます。
と言いたいところですが、書けないかもしれません。時間と体力が許した時に書きます。

手抜き記事ですいませんでした。お読みいただきありがとうございました。
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posted by 木村だっくす at 06:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

サケテ視学官事務所(配属先)について

11月5日に、サケテ視学官事務所に(ようやく)配属されました。
これで、駒ヶ根から合わせて、約100日間の訓練が終わったことになります。

131101CSSakete.JPG
ここが視学官事務所。


配属先は、とても親切なことに僕の部屋まで用意されていました。

131106bureau1.JPG131106bureau2.JPG


でも、あれですよね、「視学官事務所」と言ってもなんのことかよくわからないですね。ということで、


視学官事務所とは

簡単に言うと、教育省(幼児・初等教育省)の出先機関のことです。

ベナンの行政区分は、一番大きい単位が(当然)国(National)、次に大きいのが県(Départment)、次に市(Commune)、その次が郡(Arrondissement)で一番小さい単位が村(Village)です。
「視学官事務所」というのは、ここでいう市(コミューン)レベルの教育に関わる公的機関。県(Départment)レベルでは、「県教育事務所(通称DDEMP、デダンプ)」設置されています。ベナンの教育関係省庁は、なぜだか3つもあり、視学官事務所の親元となっているは、「幼児初等教育省(通称MEMP、メンプ)」です。

Structure Administratif.jpg
Circonscription Scolaireというのが視学官事務所のことです。


サケテ視学官事務所は、市内の公立小学校92校と幼稚園8校を管轄しています。視学官事務所の役割は、教員研修や財務管理、カリキュラム管理など。

配属先には、視学官(1名)、教育指導主事(3名)、秘書(1名)、会計士(1名)がいて、僕を含めて6人、全員男性です。

視学官は組織のトップ。教育指導主事は、校長などを対象に、教員養成指導などを行っています。


と、こんな環境で活動をすることになりました。

とにもかくにも、とりあえずは、焦らず人間関係の構築から始めたいと思います。


僕が今現在、ここで何をしているのかについては、また別の記事で書きたいと思います。

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posted by 木村だっくす at 09:45| Comment(0) | 活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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